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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)99号 判決

大阪市中央区道修町3丁目5番11号

原告

日本板硝子株式会社

同代表者代表取締役

中島達二

横浜市緑区長津田4259番地 東京工業大学精密工学研究所内

原告

伊賀健一

原告ら訴訟代理人弁理士

土屋勝

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

同指定代理人

富田徹男

鐘尾宏紀

田中靖紘

長澤正夫

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第1  当事者双方の求めた裁判

1  原告ら

(1)  特許庁が平成1年審判第3514号事件について平成4年3月19日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、昭和55年9月16日、名称を「レンズ体」(昭和62年9月24日付手続補正書により「平板レンズ体」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和55年特許願第128390号)したところ、昭和63年12月27日拒絶査定を受けたので、平成元年3月2日査定不服の審判を請求し、平成1年審判第3514号事件として審理された結果、平成4年3月19日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年4月27日原告らに送達された。

2  本願発明の要旨

(A)屈折率に変化を与える物質を透明基板に内部拡散することにより共通の透明基板中に形成された複数の屈折率分布型レンズ部分を具備し、

(B)各屈折率分布型レンズ部分が、上記共通の透明基板の共通の面上の一点を通りかつ上記共通の面に垂直な総ての断面内でほぼ半円形状の屈折率分布領域を有し、このほぼ半円形状の屈折率分布領域が、上記共通の面上の上記一点をほぼ中心として放射方向に向けて次第に変化する屈折率分布を有することを特徴とする

(C)平板レンズ体

(別紙第一参照)

3  審決の理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

これに対し、昭和49年特許出願公開第40751号公報(以下「第一引用例」という。)には、平行な両平面を持つガラス基板の内部に複数の屈折率分布型レンズ部分のある平板のレンズ集合体及びその製法が記載されている。そのレンズ集合体の各レンズはガラス基板の一面から他の面に抜ける中心軸に対して垂直な断面においてその中心軸からの距離とともに減少する屈折率分布(以下「準円柱状分布」という。)を有する。また、このレンズ体の作成は、ガラス基板の一面に、レンズ位置に対応して直径1mm以下の孔のあいたイオン移動防止膜をつけ、同面を高屈折率性イオンの溶融塩浴につけ、電界を印加しながら過熱してイオンを基板内で中心軸方向に拡散させた後、熱拡散で同軸と垂直方向に拡散させるものであって、実施例においてはガラス基板の厚さは3mmであり、電界印加による中心軸方向の拡散は5時間で300ミクロンの深さである。

昭和49年特許出願公開第75626号公報(以下「第二引用例」という。)は、その2頁右上欄9行以降でイオン交換法について述べた後、2頁左下欄6行以降で「また電界を印加してイオン交換を制御する光回路の製造方法が(後略)」と述べており、ガラス基板等のイオン交換を行うにあたり電界を印加するものと印加しないものが選択可能であることを示している。

昭和48年特許出願公告第5975号公報(以下「第三引用例」という。)には、平板の透明誘電体に金属イオンを拡散させて光回路を作るものが記載されていて、特にその第4図(C)及びその説明で摸式的に示されているように、平板の一面のマスクの開口部から熱により拡散したイオンは、この平板内の屈折率をほぼ半円形状でかつマスク開口部を中心として放射方向に向けて次第に減少させるように分布している旨の記載がある。

本願発明と第一引用例記載の発明とを比較すると、両者は(A)及び(C)の部分は同一であるが、(B)の部分は第一引用例記載の発明が準円柱状分布をしているので、この点で両者が相違する。

そこで上記相違点について検討する。

第三引用例の記載からみて、透明基板の一面の一部から屈折率を変化させる物質を熱拡散させると、その拡散した物質の分布が、その断面において拡散開始の点からほぼ半円形状であって、屈折率がこの点をほぼ中心として放射方向に向けて次第に変化するような形となることが明らかである。第三引用例記載の発明はこれより半円柱状の分布を作るものであるが、拡散開始の点が線状でなく本願発明のように点ないし円形である場合、それが半球状分布になることはこれより明らかであるから、本願発明の(B)の分布が熱拡散により当然生ずる分布であることは論を俟たない。

また、透明基板に部分的に屈折率変化を与える際に電界を印加しながら加熱する方法と加熱のみを行う方法があり、その両者が周知であることは、第二引用例に明記されているので、そのいずれを採るかは単なる選択にすぎない。

したがって、第一引用例記載の発明において、その製造の段階において電界を印加しなければ、本願発明の(B)のような分布となることは明らかであり、かつ電界を印加しないことは単なる周知技術の選択にすぎないと認められる。

ところで、請求人ら(原告ら)は、本願発明の(B)に基づく作用効果として、〈1〉斜め入射平行光を近軸平行光と同様に集光できること、〈2〉ロッドレンズと曲面レンズの複合効果ができること、〈3〉透明基板の厚みと無関係にレンズの焦点距離を決められること、及び〈4〉スペーサを必要としないことを主張する。

しかしながら、〈1〉の点は、明細書の四つの具体例において、焦点距離をマスクの孔の直径で割った数値(画角の逆数に対応する。)が7前後及び50であって、事実上近軸光線(入射角が4°以内)にしか利用できないから実用上の作用効果とは認められず、〈2〉ないし〈4〉の各点は第一引用例に厚さ3mmのガラスに処理時間5時間で300ミクロンの深さの円筒状の部分が形成された旨の記載があることからみて、基板の他面に貫通して同筒状のレンズ部が構成されたものではなく、マスク側の面からある深さにわたり、レンズ部が構成されるものであるから、第一引用例記載の発明にも当然生じていることであるので、これらの主張は全て採用することができない。

したがって、本願発明は、第三引用例記載の発明においてそのイオン拡散分布が明確でありかつ第二引用例で選択が可能である旨示唆された周知技術を、第一引用例記載の発明に用いたにすぎず、またその奏する作用効果も予測できたものであるから、当該技術部門の通常の知識を有する者が容易に発明することができたと認められ、特許法29条2項により特許することができない。

4  審決を取り消すべき事由

各引用例に審決認定の技術内容(ただし、第一引用例記載の実施例において電界印加による中心軸方向の拡散は5時間で300ミクロンの深さであること、第二引用例がガラス基板等のイオン交換を行うにあたり電界を印加するものと印加しないものが選択可能であることを示していること、第三引用例に、平板の一面のマスクの開口部から熱により拡散したイオンは、この平板内の屈折率をほぼ半円形状でかつマスク開口部を中心として放射方向に向けて次第に減少させるように分布している旨の記載があることを除く。)が記載されていること、本願発明と第一引用例記載の発明との一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは認めるが、審決は、第二引用例、第三引用例、第一引用例記載の各発明の技術内容を誤認し、これらと本願発明との作用効果の差異を看過し、また、本願発明の顕著な作用効果を誤認看過し、その結果相違点の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1

審決は、第二引用例にガラス基板等のイオン交換を行う際電界を印加するものと印加しないものがあることが開示されていること、第三引用例に平板の一面のマスク開口部から熱拡散したイオンがその平板内の屈折率をほぼ半円形状でかつマスク開口部を中心として放射方向に向けて次第に減少させるように分布しているとの記載があることを前提にして、本願発明は第三引用例の記載からイオン拡散分布が明確でありかつ第二引用例の記載により選択が可能である旨示唆された周知技術を第一引用例記載の発明に用いたにすぎない、と認定判断している。

しかしながら、この認定判断は、第二引用例、第三引用例及び第一引用例記載の各発明の技術内容の誤認、本願発明の顕著な作用効果の誤認看過に基づくものであり、誤りである。

〈1〉 審決は、第二引用例は、2頁右上欄9行以降及び2頁左下欄6行以降でガラス基板等のイオン交換を行うにあたり電界を印加するものと印加しないものが選択可能であることを示しており、透明基板に部分的に屈折率変化を与える際に電界を印加しながら加熱する方法と加熱のみを行う方法の両者が周知であることを明記している、と認定判断している。

しかし、第二引用例の当該箇所には、西ドイツ特許明細書にガラス基板中のイオンをイオン交換させてガラス基板よりも屈折率の高い光の通路(光導波路)を形成することが記載されていること、量子エレクトロニクス研究会資料に電界を印加してイオン交換を制御する光回路の製造法が記載されていること、がそれぞれ示されているにすぎず、審決が認定判断するように、イオン交換を行う際電界を印加するものと印加しないものがあることは、何ら記載されていない。

なお、仮に、第二引用例にイオン交換の際電界を印加するものと印加しないものがあることが記載されているとしても、それはあくまでも、形成すべき光導波路81の長さ方向の形状に対応した形状を有するスリット(溝)を通してイオン交換するものにすぎない。

さらに、電界を印加しながら加熱する方法を採用するか、加熱のみを行う方法を採用するかは、単なる選択にすぎないとはいえず、製造すべき光学素子の構成等に応じて選択されるものであること、これらの方法が周知技術でないことをあわせると、審決の上記の認定判断が誤っていることは明らかである。

〈2〉 審決は、第三引用例には、特に第4図(C)及びその説明で摸式的に示されているように、マスク開口部から熱拡散したイオンは平板内の屈折率をほぼ半円形状でかつマスク開口部を中心として放射方向に次第に減少させるように分布している旨の記載があり、その記載から、透明基板の一面の一部から屈折率を変化させる物質を熱拡散させると拡散した物質が拡散開始の点からほぼ半円形状で、屈折率がこの点を中心として放射方向に次第に変化する形となることが明らかである、と認定判断している。

しかしながら、第三引用例の第4図(C)に示されているものは円柱形状の光導波路を形成するためのものであるから、たとえ同図において特定の方向における断面が半円形状に示されているとしても、全体としては半円柱形状である。つまり、第三引用例の光回路における半円柱形状の光導波路は、その軸心において最大で半径方向(すなわち、外周方向)に向って次第に減少する屈折率分布を有しているにすぎず、軸心に平行な方向(すなわち、光軸に平行な方向)では屈折率分布は与えられておらず、屈折率は一定であるから、二次元的な屈折率を有しているにすぎない。

したがって、第三引用例記載の発明においては、マスクの開口部から熱拡散したイオンは、平板内の屈折率をほぼ半円形状でかつマスク開口部を中心として放射方向に次第に減少させるように分布しておらず、第三引用例にその趣旨の記載もない。しかも、第三引用例の第4図(C)に示されているものは、円柱形状の光導波路を製造する際の中間工程で得られるもので、第三引用例記載の最終製品ではなく、また、このような光導波路は、一般的に10ないし100mm程度と長さが大きく、かつ径は10ないし100ミクロン程度と長さに比べて小さい。

以上のとおり、審決の上記認定判断は誤っている。

〈3〉 審決は、第一引用例記載の発明の製造段階において電界を印加しなければ、(B)の如き分布となることが明らかで、かつ電界を印加しないことは単なる周知技術の選択にすぎない、と判断している。

しかしながら、第一引用例記載の発明は、後記(2)〈2〉において詳述するように処理時間約50時間で約3mmのイオン拡散を行うものであり、溶融塩13の温度は本願発明の具体例2の600℃より低い500℃前後であるから、電圧を印加しなければ処理時間50時間程度でもイオン拡散の深さは通常10ないし20ミクロン程度である。したがって、第一引用例記載の発明では、仮にその製造の段階で電圧を印加しなくても、本願発明の(B)のような屈折率分布領域は必然的には得られず、熱拡散物質の温度、熱拡散時間等についての正確な制御が必要となる。しかも、第一引用例記載の発明は、ガラス基板11中に円筒状高屈折率部分33を形成することを目的としたものであるから、仮に電界を印加しないことが周知技術であるとしても、この技術を第一引用例の方法に適用することは単なる周知技術の選択にすぎないといえないから、審決の判断は誤りである。

〈4〉 本願発明には、後記(2)のとおり、顕著な作用効果があり、これらの作用効果は、第二引用例及び第三引用例記載の発明とは異なる顕著な作用効果であるのに、審決はその作用効果の差異を看過した。

〈5〉 審決は、「第三引用例記載の発明においてそのイオン拡散分布が明確でありかつ第二引用例で選択が可能である旨示唆された周知技術を、第一引用例記載のものに用いたにすぎず、またその奏する作用効果も予測できたものであるから、当該技術部門の通常の知識を有する者が容易に発明することができたと認められ、特許法29条2項により特許することができない。」と判断している。

しかしながら、第一引用例ないし第三引用例には、本願発明における、ほぼ半球状又はほぼ半楕円球状(以下「準半球状」という。)の屈折率分布領域を有するレンズ部分を透明基板中に形成することは全く記載されておらず、単に円柱形状の高屈折率部分又は円柱形状の光導波路を形成することしか記載されていないから、このような記載から準半球状の屈折率分布領域を有するレンズ部分を透明基板に形成する意図は生じない。したがって、本願発明は当業者が第一引用例ないし第三引用例から容易に発明できたものではなく、上記審決の判断は誤りである。

(2)  取消事由2

審決は、原告らが審判手続において主張した本願発明の作用効果について、実用上の作用効果と認められず、又は第一引用例記載の発明でも当然生じていることであるとして、予測できたものと判断した。しかしながら、次のとおり、第一引用例記載の発明と本願発明とは作用効果において顕著な差異があるのに、審決は、これらの作用効果を誤認し、かつ看過したものである。

〈1〉 審決は、「〈1〉の点は、明細書の4つの具体例において、焦点距離をマスクの孔の直径で割った数値(画角の逆数に対応する)が7前後及び50であって、事実上近軸光線(入射角が4°以内)にしか利用できないから実用上の作用効果とは認められ」ない、と認定判断している。

しかしながら、本願明細書に記載された画角の逆数に対応する数値は、約2.6ないし約3.8(平成4年2月1日付手続補正書記載の具体例1)、約16.7ないし約25(同具体例2)であり、7前後及び50ではないから、審決の認定は前提において誤っている。

また、第一引用例記載の発明では、円柱形状の高屈折率部分33は、中心軸に平行な光線を集光することができるが、斜め入射光線を正確に集光することができない。これに対し、本願発明では、準半球状の各屈折率分布型レンズ部分1は、ロッド状(円柱形状)屈折率分布型レンズの光線屈折作用だけでなく、通常の曲面レンズの光線屈折作用も兼ね備えているから、斜め入射平行光線をも、軸心方向に沿って入射する平行光線(すなわち、中心軸に平行な光線)の場合とほぼ同様に正確に集光することができる。

さらに、第一引用例記載の発明においては、イオン拡散工程の後に熱拡散工程を行う必要があるから、中心軸におけるイオン濃度は、中心軸に対して垂直な方向の熱拡散により低下し、中心軸における屈折率をそれほど大きくすることができず、最大入射角を大きくすることができない。それに対して、本願発明では、イオン拡散工程によって中心軸における屈折率が実質的に決まるから、第一引用例記載の発明よりその屈折率を大きな値にすることができ、更に最大入射角を大きくすることができる。

〈2〉 審決は、第一引用例の実施例において電界印加による中心軸方向の拡散が5時間で300ミクロンの深さであるとの認定を前提に、「〈2〉ないし〈4〉の各点は第一引用例に厚さ3mmのガラスに処理時間5時間で300ミクロンの深さの円筒上の部分が形成された旨の記載があることからみて、基板の他面に貫通して同筒状のレンズ部が構成されたものではなく、マスク側の面からある深さにわたり、レンズ部が構成されるものであるから、第一引用例記載のものにも当然生じていることである」と認定判断している。

しかしながら、審決はまず、前提事実の認定において誤っている。すなわち、第一引用例には、(ⅰ)「一定の処理時間が経過するとガラス基板11の防止膜12の孔の各々の近傍に、孔とほぼ等しい形状の断面を有し、深さがほぼ一定(処理時間5時間で約300ミクロン)の円筒状の高屈折率部が形成される。」(3頁右上欄8行ないし12行)と記載されているにすぎないから、上記「処理時間5時間で約300ミクロン」との記載はイオン拡散速度(処理時間1時間で約60ミクロン)を示すものであって、第一引用例記載の実施例においてイオン拡散により中心軸方向の長さが約300ミクロンの円筒状高屈折率部分を形成したことを示すものではない。このことは、次の事実からも明らかである。すなわち、第一引用例の第3図(a)には円筒状高屈折率部分33をガラス基板11のほぼ全厚にわたって形成することが示されており、また、第一引用例には、上記(ⅰ)の記載のほかに、(ⅱ)孔1の直径は約1mm(すなわち、1000ミクロン)以下であることが望ましい(2頁右下欄下から3行ないし3頁左上欄1行)との記載があり、(ⅲ)ガラス基板11の厚さは3mm(すなわち、3000ミクロン)である(3頁右上欄1行ないし3行)との記載があり、(ⅳ)第3図(a)の例では円筒状高屈折率部分33がガラス基板11の裏面に達していないが、必要に応じて薄いガラス板を基板として用いて高屈折率部分33を裏面に貫通するようにすることもできるし、また、イオン置換工程ののち、基板11の裏面をB-B’線に沿って削り取ることによって高屈折率部分33を裏面に露出させた後熱拡散工程にかけることもできる(3頁右下欄2行ないし9行)との記載があるから、仮に第一引用例の実施例においてイオン拡散により深さ約300ミクロンの円筒状高屈折率部分しか形成していないとすれば、直径約1mm以下で厚さ約300ミクロンの円筒状高屈折率部分33しか得られず、直径に対する厚さの割合が通常の屈折率分布型レンズに比べて極端に小さいこととなる。したがって、実用性のある焦点距離を有する円筒状高屈折率部分33を得るためには、一定の処理時間として50時間又はそれに近い時間を採用して厚さをガラス基板11の厚さである3mm又はそれに近い値にする必要があるのである。

次いで、審決は、審判手続において原告らが主張した本願発明の〈2〉及び〈4〉の作用効果の判断を誤った。

すなわち、本願発明では各屈折率分布型レンズ部分が準半球状であるために原告ら主張に係る〈2〉の作用効果を生ずるのに対し、第一引用例記載の発明は円筒状高屈折率部分33が円柱状であるために、この作用効果を奏さない。

さらに、同〈4〉の作用効果について、本願発明では、屈折率分布型レンズ部分1の焦点距離(すなわち、集光位置)と独立して透明基板2の厚みdを選定することができるから、平板レンズ体と他の素子との間に空気層を介在させることなく、固体(透明基板2の一部分)で埋めることができ、透明基板2に透明固定スペーサを兼用させることができ、集積化が容易であるとともに組合せデバイスの小型化も容易であるという作用効果がある。これに対し、第一引用例記載の発明では、円柱形状の高屈折率部分33が透明基板11を貫通している場合には、高屈折率部分33の長さと透明基板11の厚みdとが互いに等しくなるから、上記の本願発明の作用効果は奏さない。もっとも、第一引用例記載の発明でもレンズ体にスペーサとして透明平板材34を付加すれば、全体の厚みDを調節することができるが、透明基板11と透明平板材34との接合界面aで光の反射(すなわち、界面反射)を生ずるから、光量の損失、不要光の反射による悪影響を生ずる。円柱形状の高屈折率部分33が透明基板11を貫通していない場合は、円柱形状の高屈折率部分33の底面bを平坦にすることが困難である。また、仮に底面bを平坦にできたとしても、高屈折率部分33は底面bと中心軸との交点において最大屈折率を有しているから、界面反射が大きく、光量の損失、不要光の反射による悪影響等を生ずる。この点、本願発明では、準半球状屈折率分布型レンズ部分は、底面と中心軸との交点において透明基板とほぼ等しい屈折率しか有していないから、界面反射を実質的に生じない。

〈3〉 本願発明には、共通の基板の共通の面上の一点付近からの等方的で自然な拡散をそのまま利用しうるので、簡単な製造工程によって大量に製造することができるという作用効果がある。

ところが、第一引用例記載の発明には、そのような作用効果はなく、かえって、円柱形状の高屈折率部分33の屈折率分布がその中心軸に直交する方向の方向性のみを有しているため、拡散物質の速度及び方向の制御が困難であって、実用性に乏しいものであるのに、審決はこの顕著な作用効果を看過した。

第3  請求の原因の認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の審決の取消事由は争う。審決の認定、判断は正当であって、審決に原告ら主張の違法は存在しない。

(1)  取消事由1について

第二引用例には電界を印加する方法としない方法とが記載されており、当業者がこの記載をみれば当然そのいずれかを選択可能であることが理解できる。

なお、審決も、第二引用例記載の発明が光導波路の長さ方向の形状に対応したスリットを通してイオン拡散を行うことを否定してはいない。

また、審決は、第三引用例の記載からイオン拡散による屈折率分布の予測性を導いているのであり、その技術的課題(目的)、形状の相違等を導き出しているものではない。

さらに、半球状の屈折率分布を有するレンズ自体は昭和50年特許出願公開第50937号公報に明示されて周知であり、第一引用例記載の発明において、そのレンズを任意の必要な特性のものにすることは選択の問題であるから、その技術的課題(目的)を達成するレンズ体を作るのにこれら周知の半球状レンズを用いること自体が単なる選択にすぎない。

そして、第二引用例、第三引用例記載の発明は、本願発明のように平板上にレンズ体を配したものではないから、第二引用例及び第三引用例記載の発明と本願発明とで作用効果が異なることは当然のことであり、本願発明の奏する作用効果は後記(2)のとおり格別のものではない。

したがって、取消事由1についての審決の認定判断に原告ら主張の誤りはない。

(2)  取消事由2について

〈1〉 同2〈1〉について

焦点距離を短くできるというのは、屈折率の変化(傾斜)の度合と厚み(軸方向の距離)で決まり、また斜め入射平行光線で集光できるか否かは、スポットのボケ(収差)の問題である。出願当初の明細書(甲第2号証)の具体例2(13頁以降)で計算すると、垂直入射で光のスポットが25μmとなるのに対し、同じレンズにおいて20度の斜め入射では、スポットがその1.2mmであって垂直時の50倍になり、事実上使用不可能となる。他方、第二引用例には、最大入射角度が21度25分までの実例が上げられており、この程度までの入射角で使用が可能であることが示されている。したがって、斜め入射平行光線でも集光できるとの作用効果は、具体的な屈折率分布や透明基板の厚みなどから生ずる設計的な作用効果であり、本願発明に基づく作用効果ではない。

また、イオン拡散工程に関して第一引用例に原告ら主張のような傾向の記載があっても、あくまでも実施例に関する記載であり、第一引用例記載の発明の特許請求の範囲に係るものではなく、第一引用例記載の発明においても設計値の選択によりしかるべき選択が可能であり、そのことは予測可能である。

〈2〉 同2〈2〉について

前提事実に関する原告らの主張は争う。

本願発明では円柱状の場合の光線屈折作用と通常のレンズの光線屈折作用とを兼ね備えているとの点(審決が原告らの主張〈2〉としたもの)について反論すると、屈折率分布型レンズでは、光線の屈折角は、屈折率の傾斜する領域をどれだけの長さ進行するかで定まり、通常のレンズでは屈折率の異なる面と入射光のなす角で定まるが、光軸から離れた入射光は明確な屈折部分を持たないから、平行に入射した光でも、右側の光は相対的に大きく曲り、左側の光はあまり曲らないし、また、屈折率分布は半球状分布の中心部でこそしかるべき関数の形をとるものの、周辺の分布率は知られておらず、どのような集光作用を持っているか不明である。

スペーサによる集積化、小型化が容易であるとの作用効果の点については、審決が判断しており、第一引用例記載の発明に比して重大顕著な作用効果ではなく、また、第三引用例記載の発明から屈折率分布が想定された段階で当然予想できたものである。また、本願明細書添付の第4図にはスペーサの部分はなく、この作用効果は、実施例において必ずしも要求されるものでなく、もちろん本願発明の特許請求の範囲の記載に基づいてはいない。さらに、この作用効果は、基盤のあるレンズのある面を他の物体に接触させて使用するときに奏されるが、甲第10号証の図面でも、レンズ側に空間を配しており、本当にこのような作用効果の必要性があるか不明である。

〈3〉 同2〈3〉について

本願明細書には実施例について原告ら主張のような作用効果の記載はあるが、特許請求の範囲は、そのようなものに限定されていない。

第4  証拠関係

本件記録中の証拠目録の記載を引用する(後記理由中において引用する書証はいずれも成立に争いがない。)。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。

また、各引用例に審決認定の技術内容(ただし、第一引用例記載の実施例において電界印加による中心軸方向の拡散は5時間で300ミクロンの深さであること、第二引用例がガラス基板等のイオン交換を行うにあたり電界を印加するものと印加しないものが選択可能であることを示していること、第三引用例に、平板の一面のマスクの開口部から熱により拡散したイオンは、この平板内の屈折率をほぼ半円形状でかつマスク開口部を中心として放射方向に向けて次第に減少させるように分布している旨の記載があることを除く。)が記載されていること、本願発明と第一引用例記載の発明との一致点及び相違点が審決認定のとおりであることも、当事者間に争いがない。

2  甲第2ないし第5号証によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願発明は、合成樹脂、ガラス等から成る透明基板中に屈折率分布型レンズ部分を形成した平板レンズ体に関する(願書添付の明細書(以下「当初明細書」という。)2頁12行ないし14行、昭和62年9月24日付手続補正書2頁5行ないし6行)。

従来から別紙第一の第1図に示すような円柱形状の屈折率分布型レンズが知られている。また、同図に示すレンズとは別に、透明平板を用いた屈折率分布型レンズも知られている。しかし従来から知られている屈折率分布型レンズの場合には、屈折率分布が二次元的なものである。例えば、別紙第一の第1図に示す円柱形状の屈折率分布型レンズの場合には、中心軸に対して直交する仮想面においてはこの中心軸から半径方向に向って屈折率が次第に変化しているが、上記中心軸に沿う方向には変化していない。また、既述の平板形状の屈折率分布型レンズの場合には、表面と直交する仮想面においてはその厚さ方向の中心面から両側表面に向って屈折率が次第に変化しているが、光線の進行方向、すなわち上記表面と平行な仮想面においては変化していない。本願発明は、上述のような点に鑑みて発明されたものであって、屈折率に変化を与える物質を透明基板に内部拡散することにより共通の透明基板中に形成された複数の屈折率分布型レンズ部分を具備し、各屈折率分布型レンズ部分が上記共通の透明基板の共通の面上の一点を通りかつ上記共通の面に垂直な総ての断面内でほぼ半円形状の屈折率分布領域を有し、このほぼ半円形状の屈折率分布領域が、上記共通の面上の上記一点をほぼ中心として放射方向に向けて次第に変化する屈折率分布を有することを特徴とする平板レンズ体を提供すること(当初明細書2頁15行ないし6頁1行、昭和62年9月24日付手続補正書2頁7行ないし3頁1行、平成4年2月1日付手続補正書2頁3行ないし9行)を技術的課題(目的)とするものである。

(2)  本願発明は、前記技術的課題を解決するために本願発明の要旨(特許請求の範囲)記載の構成(平成4年2月1日付手続補正書8頁2行ないし12行)を採用した。

(3)  本願発明は、前記構成により、複数の屈折率分布型レンズ部分のそれぞれがロッド状屈折率分布型レンズの場合の光線屈折作用と通常の曲面レンズの場合の光線屈折作用とを重畳した光線屈折作用に基づく結像作用を備えているから、各屈折率分布型レンズ部分を焦点距離が比較的小さくかつ小型に構成することができ、また屈折率分布型レンズ部分にその軸心方向と交差する斜め方向に入射する斜め入射平行光線でも集光することができる。さらに、各屈折率分布型レンズ部分は内部拡散時に共通の面を基準として相互に位置合わせされ、その後に個別に位置合わせする必要がないから複数の屈折率分布型レンズ部分の相互の位置合わせを簡単かつ正確に行うことができる。また焦点距離が比較的小さくかつ小型でしかも相互の位置合わせを簡単かつ正確に行い得る複数の屈折率分布型レンズを具備する平板レンズ体を簡単な製造工程によって大量に製造することができ、この結果、複写機やファクシミリの光学系に適用するのに最適で極めて実用的な平板レンズ体を提供することができる。さらに、ほぼ半円形状の屈折率分布領域を有するレンズ部分の焦点距離(すなわち、集光位置)とは独立して透明基板の厚みを選定することができるから、本願発明による平板レンズ体と他の素子とを積層して集積化することにより組合わせデバイスを構成する場合に、平板レンズ体と他の素子との間に空気層を介在させることなく、固体(透明基板の一部分)で埋めることができる。よって、透明基板に透明固体スペーサを兼用させることができるから、上記集積化が容易であるとともに、上記組合わせデバイスの小型化も容易である(当初明細書16頁20行ないし17頁4行、昭和62年9月24日付手続補正書5頁6行ないし7頁1行、平成4年2月1日付手続補正書4頁4行ないし6頁11行)という作用効果を奏するものである。

3  取消事由1について

(1)  同1〈1〉について

(ⅰ) 甲第7号証によれば、第二引用例は特許出願公開公報であり、別紙第二の各図面が添付されているが、第二引用例には、同引用例記載の発明の従来例に関して、「イオン交換法によって所望の光回路を形成するためには、たとえば西ドイツ特許公開第2064204号明細書(または特願昭44-105247)に記載されているように従来次の方法が用いられる。光回路を陰画に反転したパターンを有するマスクをアルカリ金属イオンを含むガラス基板上に設け、基板をイオン交換用イオン源たとえばタリウムの塩に接触させ、光導波路に対応する基板表面付近の拡散しやすいガラス中のイオンたとえばナトリウムイオンを上記イオン源中のタリウムイオンとイオン交換させる。その結果、タリウムイオンのリッチなガラス部分は基板よりも高い屈折率をもつ光の通路を形成する。この際イオン交換するイオンの種類および置換作用の温度と時間を選択することにより、光導波路としての光の伝搬条件を満足する屈折率分布が基板表面付近に生じる。また電界を印加してイオン交換を制御する光回路の製造法が1972年6月発行の電子エレクトロニクス研究会資料、資料番号QE72-23『エレクトロ・マイグレーションによる光回路製作』に記載されており」(2頁右上欄9行ないし左下欄10行)との記載があり、第二引用例記載の発明の具体的態様に関して、「ガラス基板とタリウム塩との接触は、ガラス基板の表面をタリウム塩の浴に浸漬させることによっておこなってもよく、ペースト状にしたタリウム塩をガラス基板に部分的に付着させることによっておこなってもよい。塩中のタリウムイオンのガラス基板内部への拡散速度や拡散方向は、ガラス基板に垂直な方向に外部から電界を印加させることによって促進または制御することができる。本発明において、ガラス基板とタリウム塩との接触温度すなわちイオン交換処理温度は、処理時間をできるだけ小にすることが好ましいので、処理されるガラス基板が変形しない範囲で高い方がよく、ガラスの粘性がlogη=15である温度(上限除歪温度)以下では、実質上イオン交換に長時間を要し好ましくない。」(3頁右上欄6行ないし20行)との記載があり、第二引用例記載の発明の実施例に関し、「第1段処理において、第7図のように配置、結線された装置に通電すると、第8図(a)の点線矢印で表わした電界分布が基板73中に生じ、(中略)その結果、第8図(b)に示すように、基板78の下表面付近に屈折率が基板のそれよりも高くなった部分81が生じ光導波路が形成される。このようにして得られる光導波路は一様な電界分布のため基板表面に垂直な側面の屈折率変化が急激であり、またイオンの自然拡散にくらべて早い速度でイオン移動が生じるような強度の電界がかけられるため基板表面に平行な深部の側面の屈折率変化も急激であって、光導波路の断面の屈折率分布は矩形型分布に近い。次に第2段処理において、溶融塩71をNaまたはKあるいは両者を含む硝酸塩や硫酸塩の溶融塩におきかえて第7図のように配置、結線された装置に通電すると、第8図(b)の81で示した基板に比して屈折率が高い光導波路が基板内部に移動する。その際、電界強度を第1段処理の場合にくらべて低目に調節してイオンの自然拡散の寄与を大きくさせると、屈折率分布は第8図(c)に示すように一般的には楕円形の処理条件を適当に選ぶと円形の等屈折率線を持つレンズ状基質が形成され、光軸近傍において(1)式のパラボリック分布で十分近似できる屈折率分布を得ることができる。」(7頁左上欄18行ないし左下欄4行)との記載があることが認められる。

(ⅱ) 上記(ⅰ)の認定事実によれば、第二引用例は、同引用例記載の発明に対する従来例として、電界を印加せずにガラス基板中のイオンをイオン交換させてガラス基板よりも屈折率の高い光の通路(光導波路)を形成する方法と電界を印加してイオン交換を制御する光回路の製造法とがあることを示しており、したがって、第二引用例は、従来ガラス基板中に光回路を形成する方法として電界を印加してイオン交換を行う方法と電界を印加せずにイオン交換を行う方法とがあることを示している、ということができる。しかも、上記(ⅰ)における認定のとおり、第二引用例には、第一段の処理においては電界強度を強くし、第二段の処理においては電界強度を低めに調節してイオンの自然拡散の寄与を大きくさせたものが記載されている。

そうすると、当業者であれば、製造条件等により上記二つの方法のうちいずれを選択するかは容易に考慮しうることであるというべきであり、第二引用例がガラス基板等のイオン交換を行うにあたり電界を印加するものと印加しないものが選択可能であることを示しているとした審決の認定判断に誤りはない。

(ⅲ) そして、甲第6号証によれば、第一引用例は特許出願公開公報であり、別紙第三の各図が添付されているが、第一引用例には、同引用例記載の発明の技術的課題(目的)に関して、「この発明の目的は従来技術のように個々の光伝送体を束ねたり、組み合わせたりするする工程を要しない複眼レンズ体およびその製造方法を提供することである。」(2頁右上欄2行ないし5行)との記載があり、第一引用例記載の発明の実施例について、「ガラス基板11の上下の面は平行かつ平坦に仕上げ、下面には複数個の孔のあいたイオン移動防止膜12を予め形成してある。(中略)孔21の直径は、のちに述べる熱拡散工程に要する時間およびガラス基板11の組成によってきめるが、熱拡散工程を数十時間以内に抑えるには約1mm以下とすることが望ましい。(中略)次に、粘土層15に密着させた電極板16を直流電源18の陰極に、溶融塩13中に設けられた電極板17を陽極にそれぞれ接続して直流電圧を印加し、ガラス基板11中にその面に垂直な電界をかける。溶融塩13、ガラス基板11の温度を基板ガラスの軟化温度より少し低い500℃前後とし、電極16-17間にかける直流電圧を200V前後とし、例えば第2図のような防止膜パターンを有する一辺50mm厚さ3mmの方形のF2ガラス基板11を用いた場合、(中略)溶融塩13中の第二のイオンが防止膜12の孔を通って垂直な向きにガラス基板11中に入っていく。一定の処理時間が経過すると、ガラス基板の11の防止膜12の孔の各々の近傍に、孔とほぼ等しい形状の断面を有し、深さがほぼ一定(処理時間5時間で約300ミクロン)の円筒状の高屈折率部が形成される。以上述べたイオン置換工程を経て、前記円筒状の高屈折率部をガラス基板11の内部に形成したのちに、このガラス基板を熱拡散工程にわける(「かける」の誤記と認める。)。温度はイオン置換工程と同程度の500℃前後とする。この熱拡散工程によって、前記高屈折率部に含まれる前記第二のイオンとガラス基板11の他の部分、すなわち前記円筒状部分の各々の周辺部分に含まれる前記第一のイオンとが相互に拡散される。(中略)この熱拡散によって前記各円筒状部分の軸と垂直な方向の屈折率変化をゆるやかにすることができる。」との記載(2頁右下欄11行ないし3頁左下欄6行)、「イオン交換工程における時間、温度、電圧、溶融塩濃度などと熱拡散工程における時間、温度などとを適当に選ぶことによって、前記円筒状部分における屈折率分布を、その軸からの距離の二乗にほぼ比例して減少するいわゆる2乗分布にすることができる。」(3頁左下欄7行ないし12行)との記載、「第3図(a)の例では、円筒状高屈折率部分33がガラス基板11の裏面に達していないが、必要に応じて薄いガラス板を基板として用い高屈折率部分33を裏面に貫通するようにすることもできる」(3頁右下欄2行ないし6行)との記載、「なお熱拡散工程に要する時間は孔の直径の二乗にほぼ比例するとみてよい。」(3頁右下欄10行ないし11行)との記載及び「上に説明した実施例においてイオン移動防止膜12の孔21は円形にしてあるが、この形状は円形に限られない。ダイオードレーザ出力光などのように長方形あるいは長円形の断面を有する光ビームを円形断面の光ビームに変換する場合のようにレンズ体断面内の屈折率変化の度合を径方向によってかえる必要がある場合は孔21を初めから長円形にする。また形状ばかりでなく、孔21の直径は使用目的により数10ミクロンから数mm程度の範囲で選ぶことができる。」(4頁左欄10行ないし20行)との記載があることが認められる。

(ⅳ) また、甲第8号証によれば、第三引用例は特許出願公告公報であり、別紙第四の各図が添付されているが、第三引用例には、同引用例記載の発明の技術的課題(目的)及び構成に関して、「本発明の特徴とするところは、複数の金属陽イオンを含む平板状透明誘電体よりなり、該誘電体中に於て前記複数の金属陽イオンの割合が中心軸から半径方向外方に向かって変化し、これによって屈折率が中心軸から半径方向外方に向かって徐徐に減少している細長い領域が所望のパタンに応じて形成されており、この細長い領域が光伝送路を提供しているプリント型回路にある。」(2欄14行ないし21行)との記載があり、別紙第四の第1図に係る実施例に関し、「この場合、ガラス体を塩に接触させて、塩及びガラスを加熱して塩及びガラス中の陽イオンがガラス内部で拡散し得る温度に保持することが必要である。」(6欄34行ないし37行)との記載があり、別紙第四の第3図に係る実施例に関し、「この実施例ではガラス板1の裏面よりのイオン交換の工程は、ガラス板1の表面から凸部3(即ち光伝送路)に屈折率勾配を与えるためのイオン交換の工程と同時に行なっても良いし、又別々に行なっても良い。両工程を同時に行なうときは工程が簡略化される利点があり、両工程が別別に行なわれるときは、それぞれのイオン交換の際の温度、時間等を所望に応じて制御出来る利点がある。」(7欄32行ないし40行)との記載があり、別紙第四の第4図に係る実施例に関し、「第4図は、本発明の第3の実施例の製法を示す図である。まず、同図a、bに示すように、ガラス板41の表面に光通路の所望パターンに応じてマスク(中略)42を施す。続いて、第1図cに模形的に示されるように、マスク42より露出されたガラス板41の部分411の表面から、イオン交換法によって、該ガラス板中の修飾酸化物の割合を変化させ、該ガラス板41の露出部分の表面から内部に向かって徐徐に屈折率の減少するような屈折率の勾配を形成する。(中略)続いて、上記マスク42を除去し、その後、ガラス板41の表面に、例えばK2Oのような、前工程のイオン交換によって、ガラス板41中に置かれたイオン(例えばTl+)に比して(電子分極率)/(イオン半径)3の小さなイオンの塩を接触させ、ガラス板41の表面より内部に向かって屈折率の増大する屈折率勾配を形成させる。これによって、先に屈折率勾配の形成されていた領域は、第4図dに模型的に示すように、屈折率の大なる領域を中心に半径方向外方に向かって徐々に屈折率の減少するような領域に変化する。かくして、所望の光通路のパターンに応じて断面上で中心より周辺に向かって徐々に屈折率の減少する光伝送路がガラス板41中に形成される。」(7欄41行ないし8欄38行)との記載があることが認められる。

(ⅴ) 上記(ⅲ)及び(ⅳ)の認定事実によれば、第一引用例には、電界を印加して熱イオン交換工程を行った後に電界を印加しない熱拡散工程を行う実施例が記載されていること、第三引用例にも熱拡散工程により光回路を形成するものが記載されていることが明らかである。

また、乙第2号証、第4号証によれば、昭和49年特許出願公告第22898号公報(以下「周知例1」という。)、昭和52年特許出願公開第147451号公報(以下「周知例2」という。)にも、熱拡散工程により屈折率が変化する球状レンズを形成する方法が記載されていることが認められる。

これらの点に第一引用例、第二引用例、周知例1及び周知例2が公開又は公告された時期の点をもあわせて考慮すると、当業者が、本件出願の時点で前記(ⅰ)において認定した第二引用例の記載を見れば、透明基板に部分的に屈折率変化を与える際に電界を印加しながら加熱する方法と加熱のみを行う方法があり、その両者が周知であることを容易に理解できたというべきであり、そのいずれを採用するかは単なる選択の問題にすぎないことも明らかである。

したがって、透明基板に屈折率変化を与える際に電界を印加しながら加熱する方法、加熱のみを行う方法が周知技術でなく、これらの方法のいずれを採用するかは単なる選択にすぎないとはいえない、とする原告らの主張は理由がなく、この点に関する審決の認定判断に誤りはない。

(2)  同1〈2〉について

前記(1)(ⅳ)における認定事実によれば、第三引用例記載の発明においては、金属陽イオンの割合が中心軸から半径方向外方に向かって変化し、これによって屈折率が中心軸から半径方向外方に向かって徐々に減少している細長い領域が所望のパターンに応じて形成されることが明らかである。

確かに、原告ら主張のように、第三引用例記載の発明は、光通路を形成するために所望のパターン(すなわち、開口部)がスリット状を呈していることから、軸心に平行な方向では屈折率分布が与えられておらず屈折率が一定で二次元的な屈折率分布を有している。

しかしながら、このことは、あくまでも開口部がスリット状であるために生じることであって、むしろ、前記(1)(ⅳ)の認定事実及び甲第8号証に照らせば、第三引用例記載の発明においてもスリット状の開口部を垂直に断面(軸方向に垂直な断面)をとれば軸心から半径方向に向けて次第に減少する屈折率分布を得ることができることを容易に看取することができ、この事実の下で考えると、その開口部を点又は円にしたときは、屈折率がその開口部から放射状に分布するであろうことは、当業者であれば当然推測できることと判断される。

そして、乙第2号証、第4号証によれば、周知例1及び周知例2にも、球状のガラス体を溶融塩中に浸漬すると、ガラス体中のイオン濃度がガラス体の表面から中心に向かって次第に変化すること、すなわち、イオン交換する面から遠ざかるにつれて交換イオン濃度が低くなることが示されており、この技術内容と公告及び公開の時期に照らせば、このことは本件出願当時技術常識に属していたと認められ、この事実からも、上記認定判断は裏付けられるというべきである。

また、甲第8号証を精査しても第三引用例には光導波路の寸法についての記載は見当らない。第三引用例に記載されたような光導波路の径が、原告ら主張のとおり一般的に10ないし100ミクロン程度であるとしても、乙第2号証によれば、周知例1には、実施例として直径1.3mmφのガラス球に熱拡散を施し屈折率分布を形成するものが示されている(4欄16行以降)ことが認められ、この事実によれば、溝幅が更に大きなものでも技術上特に問題もなく熱拡散を施すことができ、屈折率分布を形成することができることが示唆されているということができる。

そうしてみると、第三引用例にマスクの開口部から熱拡散したイオンが平板内の屈折率をほぼ半円形状でかつマスク開口部を中心として放射方向に次第に減少させるように分布している旨の記載があると認め、その記載から透明基板の一部から屈折率を変化させる物質を熱拡散させると拡散した物質が拡散開始の点からほぼ半円形状で屈折率がこの点を中心として放射方向に次第に変化する形となることが明らかであり、さらに、拡散開始の点が線状でなく本願発明のように点又は円形である場合それが半球状分布になることは明らかである、とした審決の認定判断には、誤りはないといわなければならない。

(3)  同1〈3〉について

前記(1)(ⅲ)の認定事実によれば、第一引用例には、「深さがほぼ一定(処理時間5時間で約300ミクロン)の円筒状の高屈折率部が形成される。」との記載があり、この記載に現れた速度が拡散速度を意味することは、明らかである。

しかしながら、前記(1)(ⅲ)の第一引用例の記載に係る認定事実(殊に、3頁左下欄7行ないし12行及び3頁右下欄10行ないし11行の記載に係る事実)、前記(1)(ⅰ)の第二引用例の記載に係る認定事実(殊に、2頁右上欄9行ないし左下欄10行及び7頁左上欄18行ないし左下欄4行の記載に係る事実)、前記(1)(ⅳ)の第三引用例の記載に係る認定事実(殊に、6欄34行ないし37行及び7欄32行ないし40行の記載に係る事実)によれば、レンズ体の作成において、自然拡散の場合にはイオンの拡散速度は遅いが、電界を印加するとイオンの拡散速度が非常に速くなること、温度を上げると拡散速度が速くなること、イオン交換又は拡散は温度、時間、電圧等に依存していることが認定される。したがって、必要な深さのイオン拡散を必要とするならば、時間、温度等を適正に選定しなければならないことが明らかである。

また、前記(2)において検討したとおり、第三引用例、周知例1及び周知例2の記載に基づいて、開口部(パターン)を点又は円にすれば屈折率がその開口部から放射状に分布することは当業者であれば容易に推測できるのであるから、開口部を点又は円にすれば熱拡散が放射状に三次元的に行われるであろうことも容易に推測可能である。したがって、第一引用例記載の発明においてもその製造の段階で電界を印加しなければ屈折率が本願発明の(B)のように放射状に三次元的に分布することは、当業者に容易に想到することができる、とした審決の認定判断に誤りはない。

(4)  同1〈4〉について

後記4において検討するように、審決に本願発明の作用効果の看過はない。

(5)  同1〈5〉について

乙第2ないし第4号証によれば、昭和50年特許出願公開第50937号公報(以下「周知例3」という。)には、半球状の屈折率分布領域を有するレンズ体が記載されていること、周知例1及び周知例2には、球状の屈折率分布を有する球状レンズ体が従来周知であることが記載されていることが認められる。半球状レンズと球状レンズとの差異は片面が平板状レンズか両面ともに立体的なレンズであるかの違いにすぎないことに、周知例1ないし周知例3の公開又は公告時期をあわせて考えれば、半球状レンズ体は、本件出願当時周知であったと認めることができる。

したがって、第一引用例記載の発明に透明基板に複数の円柱形状の屈折率分布型レンズ部分を形成したものがある以上、そのレンズを従来周知の準半球屈折率分布型レンズ部分に換えようと意図することは、単なる選択の問題であり、当業者であれば容易に想到しうることというべきである。

(6)  以上のとおりであって、第二引用例にガラス基板等のイオン交換を行う際電界を印加するものと印加しないものとがあることが開示されていること、第三引用例に平板の一面のマスク開口部から熱拡散したイオンがその平板内の屈折率をほぼ半円形状でかつマスク開口部を中心として放射方向に向けて次第に減少させるように分布しているとの記載があることを認定したうえ、本願発明は第三引用例の記載からイオン拡散分布が明確でありかつ第二引用例の記載により選択が可能である旨示唆された周知技術を第一引用例記載の発明に用いたにすぎない、とした審決の認定判断は正当であり、取消事由1は理由がない。

4  取消事由2について

(1)  同2〈1〉について

原告らは、審決が本願明細書記載の四つの具体例について焦点距離をマスクの孔の直径で割った数値(画角の逆数に対応する)を7前後及び50とした認定が誤りである、と主張する。

しかしながら、焦点距離が屈折率の変化(傾斜)の度合、厚み(軸方向の距離)で決定されることは技術上自明である。また、甲第2ないし第5号証によれば、本願明細書の具体例に示されるとおりマスク孔の径と焦点距離は適宜選択できるものであることが認められる。したがって、マスク孔の径と焦点距離に依存するF数(画角の逆数)も、必要に応じて適宜選択できるものといわなければならない。ところで、甲第2ないし第5号証によれば、本願明細書記載の単位レンズ21(各屈折率分布型レンズ部分)の直径はマスク12の孔12aの直径の約2ないし3倍程度であることが窺われるから、F数(画角の逆数)の算出に際して、焦点距離をマスクの孔の直径で割った数値を採用した場合と焦点距離を単位レンズの直径で割った数値を採用した場合とで得られる数値に食違いが生ずることは当然のことであり、したがって、後者の方法に基づいて得た数値により前者の方法による数値の認定が誤りであるとする原告らの主張は理由がないというべきである。

また、原告らは、本願発明は、第一引用例記載の発明と異なり、ロッド状(円柱形状)屈折率分布型レンズの光線屈折作用と通常の曲面レンズの光線屈折作用も兼ね備えているから、斜め入射平行光線でも正確に集光できる作用効果があると主張し、前記2(3)において認定したとおり、本願明細書には原告ら主張に沿うかのように見える作用効果に係る記載がある。

しかしながら、本願発明が採用した屈折率分布型レンズにおいて、光の屈折は屈折率分布の傾斜する(変化する)部分で起き、光線の屈折角は屈折率の傾斜する領域をどれだけの長さ進行するかにより定まること、そして、一般に光が面で屈折するためには面の両側で屈折率が異なっていることが必要であることは、技術上自明の事柄に属するが、本件全証拠によっても、通常の曲面レンズの場合に光線屈折作用をなすレンズの界面に相当するものが本願発明において明確に表されているとは認められない。そのうえ、本願明細書を検討しても、本願発明において光線が屈折率の傾斜する領域をどれほど進行するかを窺い知ることも全くできない。したがって、本願発明が真実原告ら主張の上記作用効果を奏するかについては技術的な裏付がないというほかはないから、本願発明をもってこのような作用効果を奏するものと認めることはできない。

さらに、原告らは、第一引用例記載の発明においてはイオン拡散工程の後に熱拡散工程を行う必要があるから、中心軸におけるイオン濃度は熱拡散により低下し中心軸における屈折率をそれほど大きくすることができず、最大入射角を大きくすることができないのに対して、本願発明ではそのようなことがない、と主張する。

しかしながら、屈折率分布が拡散条件、媒質等の選定に依存していることは技術上当然のことであるため、第一引用例記載の発明においてもこれらの条件を適宜選択して設計変更することにより原告ら主張の作用効果を奏するようにできうるから、原告らの主張は理由がない。

(2)  同2〈2〉について

前記3(3)において検討したとおり、第一引用例には、「深さがほぼ一定(処理時間5時間で約300ミクロン)の円筒状の高屈折率部が形成される。」との記載があり、この記載に現れた数値は拡散速度を意味している。したがって、ガラス基板に必要な深さの拡散を要求する場合には、電界印加の時間をそれに合わせて調整してイオン交換を行う必要があることが明示されているというべきである。

また、前記3(1)(ⅲ)の認定事実によれば、第一引用例には、「第3図(a)の例では、円筒状高屈折率部分33がガラス基板11の裏面に達していないが、必要に応じて薄いガラス板を基板として用い高屈折率部分33を裏面に貫通するようにすることもできる」との記載があるのであるから、第一引用例記載の発明においても、屈折率分布領域を有するレンズ部分の焦点距離から独立した透明基板の厚みを選定できることが示されている。

ところで、前記2(3)の認定事実によれば、本願発明は、「ほぼ半円形状の屈折率分布領域を有するレンズ部分の焦点距離(すなわち、集光位置)とは独立して透明基板の厚みを選定することができるから、本願発明による平板レンズ体と他の素子とを積層して集積することにより組合わせデバイスを構成する場合に、平板レンズ体と他の素子との間に空気層を介在させることなく、固体(透明基板の一部分)で埋めることができる。よって、透明基板に透明固体スペーサを兼用させることができるから、上記集積化が容易であるとともに、上記組合わせデバイスの小型化も容易である」との作用効果を奏するということができるが、上記の検討によれば、この作用効果は、第一引用例記載の発明においても示唆されており、当業者において当然予測できるものといわなければならない。

なお、原告らは、本願発明では界面反射を実質的に生じない作用効果がある、と主張するが、異なる媒質の境界面に入射した光線が一部反射されることは技術常識に属する。そして、前記3(5)での検討の結果によれば、第一引用例記載の発明において透明基板に複数の円柱形状の屈折率分布型レンズ部分を形成したものを従来周知の準半球屈折率分布型レンズ部分に換えることは、単なる選択として当業者であれば容易なのであるから、その準半球屈折率分布型レンズを選択した場合、該レンズ底面と透明基板とはほぼ等しい屈折率をなし、界面反射が実質的に妨げられることは当業者であれば当然に予測できるというべきである。

したがって、取消事由2〈2〉の原告らの主張は失当である。

(3)  同2〈3〉について

前記3(2)及び(3)において検討したとおり、自然熱拡散を利用すれば、共通の基板の共通の面上の一点付近から等方的に拡散が行われることは当業者であれば第三引用例及び周知例1及び2から容易に予測できることである。そして、第一引用例記載の発明が電界を印加したイオン交換に加えて熱拡散を行っているのに対し、本願発明のように熱拡散のみの方法を採用すれば、その拡散制御がより一層容易になるであろうことは、当業者であれば、当然に予測ができるということができる。

したがって、取消事由2〈3〉の原告らの主張は理由がない。

5  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告らの本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、93条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙第一

〈省略〉

別紙第二

〈省略〉

別紙第三

〈省略〉

別紙第四

〈省略〉

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